【2001年12月11日20:30更新】

【内 地 サ ボ】

   No-2349
\60,000
「上野⇔成田」裏逆・青板ホーロー吊彫文字○成・ローマ字付/状態良・欠有/
(純正品保証)
(SOLD OUT) 有難うございました。
No-3281
\12,000
「敦賀⇔福井」裏・逆

白板ホーロー吊彫文字○金/状態使用状況共優/
(純正品保証)
(SOLD OUT) 有難うございました

   No-2791
\8,000
「修学旅行専用」裏無・青板ホーロー吊浮文字○仙/状態良/使用痕有/
(純正品保証)(SOLD OUT) 有難うございました。
   No-2792
\8,000
「団体専用」裏無・青板ホーロー吊彫文字○若/状態極上/使用痕有/
(純正品保証)(SOLD OUT) 有難うございました。
    No-3283
\25,000

「大阪行(播但線経由)」「江原行」

白板ホーロー吊浮文字○福/状態使用状況共優/
(純正品保証)
(SOLD OUT) 有難うございました。
   No-3284
\15,000

(SOLD OUT) 有難うございました。
No-4182
\22,000

「京 都 行」「天橋立行」天橋立ビーチ
青板ホーロー吊浮白文字○大向/状態優・美品/使用痕有/
(純正品保証)
(SOLD OUT) 有難うございました。
No-4184
\22,000

「玉電サボ・三茶⇔下高井戸」
プラ板/状態優/
 ■浅香の玉電物語■
R246に首都高の高架橋なんぞない時代の昭和30年代後半、間違い無く「玉電」は主役でした。広い空と沿線の木造店舗達、そんな中、車なんかより偉かったのです。時代は変わり、東急デパートから出てくる姿や、大橋の車庫もなくなり(現在はレンタカー駐車場)二子玉川周辺も当時のレールがガードレールに再利用される有様。そんな中世田谷線は、道路なんか使わなくてもよかったぐらい畑だらけだった凄い田舎で、立派な広軌も地形通りに敷設出来、そんな訳で他の交通の邪魔にならない事と住人が多いため、今日に至ってます。唯一の狭い「上町車庫」に流電の青虫がゴロゴロいた時代が懐かしいですネ。そんな玉電を見ながら、浅香は育ちました。いつまでも、ガンバッテネ!(純正品保証)
(SOLD OUT) 有難うございました。
   No-4611
\8,000

(SOLD OUT) 有難うございまた。
   No-4625
\35,000
「三条・四宮」
「三条・浜大津」
前サボ・時計スタフ箱付
白板塗黒文字/
使用状況状態共・極上
(純正品保証)
◆97年10月地下鉄東西線開通の際、京都の人たちに親しみ愛されてきた京阪京津線京津三条〜御陵間の併用軌道が廃止されました。三条通りをグリーンツートンの2両編成の丸っこい電車が、桜に囲まれてとことこ走る姿はもう思い出となってしまいました。その電車が正面に掲げていた前面標識板です。ファンの中でも人気が高くなかなかでてこない逸品です。スタフ差しも木の味わいがたまりません。安全確認の文字が指さし呼称でこすれて薄くなっているとこなど運転士の気持ちまで伝わってきます。いつまでもぜひ2点を一緒にして置いてあげてください。
(SOLD OUT)有難うございました。
   No-4627
\50,000



(SOLD OUT) 有難うございました。
No-4752
\50、000




『天王寺行』『名古屋行』
『奈良⇔名古屋』『奈良⇔亀山』
『京都⇔名古屋』『名古屋⇔京都』

いやー、懐かしいサボが入りました!名古屋発の関西線名門急行列車「紀州」、「かすが」、「平安」。キハ58全盛時代の生き証人達です。かすがを中心に、紀州と仲良く併結したり、時には平安と一緒に力を合わせ加太の峠を越えたりと愉快な兄弟達でした。電化された東海道本線はEC快速もあるのに、あえて遠回りの草津線経由をDCで運用した平安。しかも、紀州は紀伊勝浦行ではなく紀勢線全通の天王寺!また、本来なら天王寺行紀州は紀勢線経由が一般的ですが、伊勢線経由。そう、時にはDC特急
くろしおにも使用した可能性が・・・こんな魅力的な推理もさせてくれますネ!奈良行かすがも巷で出ている近年まで使用していた所属無しの光沢板ではありません。3枚とも○名が入り、しかも全て名古屋特有のコーティング仕様。完璧です。これら3兄弟が集まってこそこのサボ本来の姿ですネ。
(SOLD OUT) 有難うございました。
No-4877
\40,000



『西舞鶴(敦賀経由)』『名古屋行(敦賀経由)』○名
カタカナ表記の愛称名、エメラルド。イイ名前ですネ!昭和49年頃、今では考えられない2往復のエメラルドが走っていました。エメラルド1号は西舞鶴行き、エメラルド2号が東舞鶴行き。末期まで存在した東舞鶴行きとは歴史が違います。敦賀経由のローマ字は定期列車の大社ですら有りませんでしたが、臨時であるエメラルドには大きく(VIATSURUGA)とあります。歴史と風格ある西舞鶴行きエメラルド。推定現存枚数7枚。価値の分かるあなたにお譲りいたします。
(純正品保証)
(SOLD OUT) 有難うございました。
No-5098
\120,000
「大社行(敦賀・天橋立経由)」
オレンジ板ホーロー差浮黒文字○名
愛称板「急行 大社」
昭和43年10月、福井編成との2階建て運行以前の昭和41年10月、名古屋-敦賀-舞鶴-
宮津-米子-大社間で運行開始。540Kmにも及ぶ走行距離と複雑な組成の最大10輌編成は、まさしく「夢」の列車でした。濃い朱色板に黒文字、そして欠け落ちた右持手、その影に、運行の厳しさを忘れる事が出来ません。
<キハ58+キロ28+キハ58+キハ28+キハ58美濃太田区>+<キハ58+キハ58+キハ28敦賀区>+<キハ58X2連・増米子区>
(純正品保証)
(SOLD OUT) 有難うございました。
No-5206
\10,000

「米子⇔鳥取」裏無

青板ホーロー吊り下げ/○米
(SOLD OUT) 有難うございました。
No-3865
\5,000

(SOLD OUT) 有難うございました。
No-4626
\120,000

「湊 町 行」「名古屋行」
青板ホーロー吊彫白文字○名(超珍品)
使用状況状態共・極上/(純正品保証)

◆雨の亀山ホーム先端をご存知ですか?古レールが柱になった屋根、カマの脇に立つ給水弁、雨に遠く霞むねぐら、夜明け前に、紺碧の夜に、その光景はヨーロッパ駅の1シーンのような、どこか遠くを掻き立てる不思議な魅力がありました。昭和35年頃を境に直通PCでの運用は消えて行きましたが、東京発湊町行・急行「大和」共々沿線の重要な足として、何度も何度も加太を目指しました。中部と関西のド真中を各駅で結ぶ関西線王道列車5時間30分でした。関西線なのに○天ではなく、超希少な○名。北のカラマツトレインには健在しています。
(SOLD OUT) 有難うございました。
No-2793
\7,000
「団体専用」裏同・白板ホーロー吊浮文字○ハカ/状態極上/使用痕有/
(純正品保証
(SOLD OUT) 有難うございました。
No-3572
\3,000

(SOLD OUT) 有難うございました。
No-4612
\2,000

『豊岡⇔丹後山田』
旧宮津線/
丹後山田止まりは希少ですネ。
(SOLD OUT) 有難うございました。
No-4613
\3,500
『天橋立⇔福知山』
旧宮津線/
日本三景の天橋立です。
(SOLD OUT) 有難うございました。
No-4614
\3,500

『浜松⇔美濃赤坂』『浜松⇔米原』
(SOLD OUT) 有難うございました。
No-4624
\2,500
『豊橋⇔豊川』
飯田線/
豊川稲荷への運用です。
(SOLD OUT) 有難うございました。
No-4722
\25,000


「篠山口行」「香住行」
白板ホーロー/吊り/浮き文字/○福
状態良/(純正品保証)
旧客列車の宝庫山陰線でまたこんな物を探してきました香住行は珍しく中々お目に掛かれません。香住といえば松葉(ズワイガニ)ガニが今旬ですね。
日本海の景色を見ながら温泉に入って蟹のフルコース!!何て思っただけでもヨダレが・・・ジュルッ!
冬の臨時だったのでしょう。・・っト言うことは今のカニカニエクスプレスの大先輩と言うことも・・ぜひコレクションにお加え下さい。
(SOLD OUT) 有難うございました。
No-4820
\12,000

『和田山行き』『回送』
(純正品保証)
(SOLD OUT) 有難うございました。
No-5104
\8,000

「団体専用」裏無し
紺板ホーロー塗り/○福-豊
(純正品保証)
(SOLD OUT) 有難うございました。
No-5106
\10,000

「福知山⇔米子」裏無し
白板ホーロー浮/○福-福/裏紺板ホーロー/無地
(純正品保証)
(SOLD OUT) 有難うございました。
No-4607
\5,000

『西舞鶴⇔敦賀』裏逆
小浜線/白板ホーロー
以前国鉄色のキハ58系急行わかさが走っていた若狭湾に沿ってのんびりと走る小浜線も電化が決定しました。
(SOLD OUT) 有難うございました。
No-4610
\5,000

『敦賀⇔近江今津』裏逆

(SOLD OUT) 有難うございました。
No-5338
\15,000

「大阪⇔博多」裏逆

白板ホ−ロ−/赤浮き文字/○大-向
状態並/ホーローがはがれています。
(SOLD OUT) 有難うございました。
No-3282
\10,000

「富 山 行」「福 井 行」

白板ホーロー吊彫文字○金/状態使用状況共優/
(純正品保証)
(SOLD OUT) 有難うございました。
No-5404
\5,000

「若狭高浜⇔敦賀」「小浜⇔敦賀」○金-ツル

白板ホーロー/彫文字
(SOLD OUT) 有難うございました。
No-5516
\120,000




「京都行(草津線経由)」「名古屋行(草津線経由」

「京都⇔名古屋」「武豊⇔名古屋」

(SOLD OUT) 有難うございました。
No-4195
\10,000
(SOLD OUT) 有難うございました。
No-4181
\8,000
『若狭高浜⇔大阪』裏無
夏の海水浴臨です。きれいな高浜海水浴場に泳ぎに行った子供達の歓声が聞こえてくるようですネ。
No-5400
\6,000

「小浜行」「京都行」○金-フイ

白板ホーロー/彫文字/
No-5727
\3,000

「倉吉→松崎→鳥取」「倉吉⇔鳥取」

プラ板
No-5727
\180,000

「上野行」「新潟行」信越線経由

紺板ホ−ロ−/筆彫文字/
No-4610
\5,000

『敦賀⇔近江今津』裏逆
No-5149
\50,000


宇奈月温泉行(高山線経由)(裏)名古屋行(高山線経由)○名
宇出津行(高山金沢経由)(裏)名古屋行(金沢高山経由)○名
美濃白鳥行(越美南線快速)(裏)名古屋行(越美南線快速)○名
誰がなんと言おうと高山線の3階建ては他とは気合いが違います。全てレアな行き先&完璧な経由付きです。名古屋発の宇奈月温泉行きサボは幻に近いとも言えます。また、のりくらに至っては富山行、金沢行等とは異なり夏期のみ延長運転していた宇出津行きです。現在は、その宇出津もノト鉄道に変わってしまい、高山、金沢経由はこのサボのみです。美濃白鳥止まりの時代もあったおくみの。区間快速の文字が白いサボに青い文字で表記されているのは、長良の清流のような爽快感を感じます。高山線を極めるには絶対に押さえたいが押さえられなかったとも言える3階建て急行サボ達です。セットでご提供いたします。
(純正品保証)
No-5195
\50,000


新島々行(裏)名古屋行○名
穂高ー名古屋(裏)名古屋ー穂高○名
糸魚川行(裏)名古屋行○名
 関西線、高山線とご提供してきました貴重な3枚セットもいよいよ最終セットです。最後は中央線です。ギャラリーでも既に問い合わせが多い松本電鉄乗り入れの新島々行。臨時急行上高地は松本まではつがいけとコンビを組んで夜の信濃路を駆け抜けました。そしてそのパートナーの急行つがいけは、一般的に多い南小谷や信濃森上ではこのサボとは似合いません。糸魚川、穂高トリオです。糸魚川行は夏期のみ延長運転したつがいけで、大糸線を全通した事は知る人ぞ知るサボでしょう。そして穂高行においてはただでさえ貴重なのは言うまでもなく、美しい北アルプス連峰の麓を走った列車だけあって、そのネーミングは最高ですネ!
No-6035
\15,000

「大阪行」「浜坂行(播但線経由)」

紺板ホーロー/浮文字/状態並/○福-福
No-3285
\18,000

「大阪⇔金沢」「大阪⇔富山」クリーム板ホーロー差彫青文字○金/状態極上・美品・光沢有/使用痕有/
(純正品保証)
No-6396
\150,000













(SOLD OUT) 有難うございました。
因美線C11牽引
「美作河井←→津山」
「津山←→美作河井」

青板ホーロー/リベット吊り/筆文字/彫り/○津

備中と呼ばれるより美作と呼ばれると鉄道ファンなら誰でもグットくるところ。○津のリベット吊り筆文字と彫り、よくもまあ残っていたと思うこのサボ。歴史をたどると、戦前戦後をとおして、県境の駅から列車は発するべしという風潮がありました。備中(岡山県)と因幡(鳥取県)の県境である美作河井発の列車は、まさしくその典型であり、昭和30年代初めより35年頃まで、1日2往復の筋がありました。35年11月当時は、610台列車をC11が牽引していました。因美線は全長73.4km、使用SLはC11のみでした。テンダーのないタンク機関車なので、この73.4kmはきついのです。給炭、給水設備は智頭にあり、牽引SLの車輛手配は、津山か智頭からの機まわしか、貨物の筋もあるわけですから、その関係でのとめおきも考えられます。その後この筋はなくなり、昭和43年頃に復活しましたが、「D」のつく列車ばかりになってしまいました。40年代からの吊りサボは、丸文字になったり、持ちの○津が、左側でなく右側すみに表示されているため、このサボは、昭和30年代に使用されていたものと断定して間違いありません。歴史の深さを感じさせてくれる大変貴重な逸品です。
No-4606
\5,000

『東舞鶴』『福知山⇔東舞鶴』
舞鶴線普通/白板ホーロー
舞鶴線も電化され電車が走るようになりました。これはDCが頑張っていた頃のサボです。
No-5401
\4,000
「豊岡行(宮津‐豊岡普通)」○福‐豊
プラ板オレンジ
No-5728
\3,000

「江原行」「大阪行」

プラ板
No-4608
\15000

『大阪⇔福知山』『大阪⇔篠山口』
No-5403
\3,500

「広⇔広島」裏同呉線経由

プラ板/
No-5205
\35,000

「門司港行」「締切」

厚板/青板ホーロー吊り下げ/彫文字/○モコ
No-5966
\180,000


急行「男鹿」
「秋田行(山形経由)」
「上野行(山形経由)」


青板大判ホーロー/白枠吊り/彫筆文字(純正品保証)

このサボを見たとき、もうひとつのあの列車を思い浮かべたあなたは、「サボの達人」と言っていいでしょう。秋田行に(山形経由)が必要だった理由は、この急行「男鹿」以外にも、同じ上野駅から同様の時間帯に発車する列車があったからです。ライバル列車の名は、急行「羽黒」。本列車急行「男鹿」は12番線から、ライバルの急行「羽黒」はとなりのホームの13番線からの発車でした。広かった地上ホームの番線が増えるほど、行き先の複雑な列車が多く、「秋田行」が2列車並んでいたならば利用者は困ったものです。
もうお分かりでしょうが、急行「羽黒」には、当然(新津経由)と入った同様のサボがありました。
スジとしては、戦前より「男鹿」703レ「羽黒」401レとしてすでに存在していましたが、時間がかかったことで、列車名はありませんでした。昭和20年中頃から30年代後半まで、使用されていたもので、大変貴重なサボです。経由の文字の糸へんがないこともその確固たる証拠です。
その時あなたはどちらの秋田行に乗ったでしょうか?山形経由名入りサボは、ほとんど存在しません。
■昭和36年現在■添付データ
急行「男鹿」
上野駅12番線/22:15発(403レ)
秋田駅      9:48着(山形経由)
21駅停車 1等・2等・B寝台付き
昭和41年以降「おが」と表示がひらがなに変わった時期もあり。
-編成-全13両
上野←ユ(郵便車)-ニ(荷物車)-ニ-ネB-指ロ-自ロ-ハネ-ハ-ハ-ハ-ハ-ハ-ハ→秋田

急行「羽黒」 後に「鳥海」となる。
上野駅13番線/21:00発(801レ)
秋田駅      8:51着(新津経由)





No-6405
\150,000





これぞ、名古屋鉄道!8点セットこんなに貴重なセットは決して出ません。
「三河湾/名古屋」
「一宮七夕まつり/津島」
「がんばれ!!ドラゴン
上記サボ枠
「特急/高速」
「準急/裏赤板」
「急/裏赤板」
上記種別枠
名鉄は一般的な行き先板よりもイラスト板に人気があります。その理由は実にユニークなデザイン、カラフルさにあるのでしょう。かつて「三河湾」の愛称で親しまれてきた、休日限定の蒲郡行き行楽特急。緑板は特急専用色。しかも希少な特急型7700系専用大型サイズ。(45cmx60cm)たった数日しか付けられない、全国でも有名な「一宮七夕まつり」。2つの星が笑顔で輝く姿はなんとも可愛らしいですネ。地元ドラゴンズを盛り上げるため、シーズン中つけられていた「がんばれ!!ドラゴンズ」。もちろん旧デザイン仕様です。
さらに驚くことに、解体時にあまりにも作業が困難なため、
誰もが考えていたけれど、手に入らなかったサボ枠をお付けします。今は亡き3733号機のもので本邦初です。現在は幕に変わり、その数はサボ同様激減してしまいました。種別板に至っては、消滅してかなりの時間が経つ懐かしの「高速」、「準急」、そしてレアな「特急」。最後は現在唯一使用されている「急行」。完璧です。一級サボもいいものですが、やはり枠に装着されてこそ本来の姿になるのでしょうネ。
詳細は中部鉄板ギャラリーにてお楽しみください。ご予約番号-746
No-7061
\40,000
「御岳/二俣尾」東京郊外・青梅線
鉄板塗/旧型国電前サボ/50cmx60cm/上部に傷あり

大都会東京の中心から電車に揺られてわずか1時間半。こんな近くに都会のオアシスがあります。青梅線は中央線立川駅から、秩父多摩国立公園にある奥多摩駅まで伸びる路線で、こんな山の中と思いきや、なんと住所は東京都なのです。
中間駅同士の御獄〜二俣尾間4駅、距離はわずか3.6kmを行き来していた運用に使われたサボ。
あの、チョコレート色で、真中につかまり棒がある電車を、あなたは覚えていませんか。
(純正品保証)

厳正な鑑定を経た純正品のみの販売です。責任をもってのご安内です。

-----ご予約・お問合せは店長直行メールか直接お電話下さい。(011)261-8009-----

店長直行メール

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